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oniondiary | 日記。時々映画やドラマや小説のレビュー。最近はなんとなく毎日書いてますが無駄話多し。

映画「遺体 明日への十日間」

「遺体 明日への十日間」

月曜の失敗を教訓に、一時間の年休を取って(顰蹙?)早めに出たので、今回ついた時間は早すぎるほどでした。
金曜は「ペア割引」とかで、二人で二千円だったんで狙って行ったんですが、直前に次男も行くと言ったので、二人は千円でも一人分は正規の料金でした。でも三人で映画って久しぶり。嬉しい嬉しい。
フードコートでナチョスとコーラを買って入って(この時点でバカである)……予告編の間しか食べられませんでした。

後から考えると、そりゃそうだと思うのですが、あの最初の十日間、あれほど辛い仕事を多くの人が食べるものも食べずに続けていたんですね。
ある意味当然ながら、「生きのびた人々」がいる避難所の方に支援物資が片寄りがちなので、幼児用かと思うほどのちっちゃなおにぎり一個が昼食、しかも職員や消防や自衛隊には出て、ボランティアである西田敏行演じる相葉には出ない……シビアな運営と超シビアな現場の中で、だからこそ死者を大事に扱う(「生きている人と同じに接する」と相葉は言っています)ことの大切さが際立ちます。

最初、スタッフの名前や制作会社などを見て、もしかして、と思ったわたしを許してください。
とんでもない、真摯な映画でした。
扇情的な映像は一切流れません。
地震も(余震は度々ありましたが)津波も瓦礫も……死体さえも。
そういう意味で、「死体」はなかったのかも。すべて「遺体」でした。

以前、2004年の「スマトラ島沖地震」の津波を題材にしたイギリスのドラマを見たことがありますが、その時の死体処理は恐ろしいものでした。
トラックに(本当に魚か作物のように)山積みされて運ばれて身元もそこそこに焼かれていく人々……イギリス人の主人公が「遺体を燃やすなんて! 祖国へ連れて帰りたいのに!」と憤ってましたが、え、自分の家族のだけ? それは我儘というものだろう……と逆にひいてしまいましたが、とにかく早く目の前の悲惨をなくそうとするその作業は、まさに「死体」として扱っていました。
熱帯だから、仕方ないのかな……とも思うのですが、そこに死者の尊厳はありません。投げるように扱われるそれらは、逆にモノのようで、かえってリアリティはありませんでした。

もう一つ、これもTVですが「四川大地震」で住んでいる街が一つ丸々潰れてしまった人々のドキュメンタリーも見たことがあります。
「あの瓦礫の下辺りに、娘がいるんです」
と涙ながらに語る母……え、掘り出してないの?……中国政府はその街を「放棄」(「保存して記念碑にする」らしいですが)、生き延びた人たちには直ちに別の土地に代わりの街を「建設」したそうで、そこはまったく手もつけられなくて、瓦礫から草木が萌え、自然にかえるにまかせているという……あのときつくづく、中国人は理解不能だと思ったものですが、新幹線落下事故でのあの「埋め戻し」作業を見ていると、やっぱりね、って感じです。
そりゃあ、日本人だって戦中は大概だったかもしれないけど、文明社会であれはあり得ない……そう思っていた矢先、あの震災でした。

……死者全員を丁寧に扱うなんて、無理な状況、無理な人数……実際はこの映画どころじゃない悲惨だったかもしれないけど、少なくとも死者を冒涜することはないだろうと思ってましたが、扱う人々の心情を思うと、胸が痛くなりました。
後からどれだけの悪夢とトラウマに悩むことになるだろうと……そう考えると相葉が「生きている人と同じように」と皆を説得したことは、死者にとってというより、生きている人にとっての救いだったのかもしれません。

一人一人を「死体」ではなく「遺体」として扱うことによって、自分たちの仕事に「後始末」ではなく「おくりびと」としての尊厳を持つことができたのかなあと。
最初死後硬直した手足をまっすぐにするために無理に骨を折っていた消防団の人たちは、あの作業を続けていたらのちのち心が壊れていたかもしれません。
最初は声をかけることさえできず、立ち尽くし眼をそらし逃げ出した職員たちが、終盤遺族に寄り添う姿には、どこか達成感があります。

お葬式は死んだ人のためではなく、「おくる側の気持ちの整理」だと言いますが、実際昨年父をおくってみて、本当にそうだなあと、父のためというより、自分の気持ちの整理のために色々決まり事をやったにすぎなかったのかなあと思っていました。どこか「やりきった」達成感みたいなものがあったのも確かです。

それこそ中坊の頃は、結婚式だのお葬式だの、只のセレモニーに手間とお金をかけるなんてナンセンスだと馬鹿にしていましたが、人間色々経験すると、セレモニーにする事で色んなことを平均化して、日常に区切りをつけているんだと、気持ちの整理をしているんだと、わかってくるものです。

「声をかけると、ご遺体の表情が和らぐんです」

と相葉が言っています。
もちろんオカルト的なことではなく、死者を見る生きている人の心が楽になるからなんですね。
悲惨を乗り越えるために、生きている人のために、いずれは死を迎える自分のために、葬送はあるのです。




(当然のことながら)涙で泣きはらした顔でほとんど手つかずのナチョスとコーラを持ってロビーに出てくるオバサン……ハズカシイ。。。
帰りの車の中で、猛然と飲み食いしたのは、言うまでもありません。
ちょっと、区切りがついた気がして。








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Category : movie
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