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oniondiary | 日記。時々映画やドラマや小説のレビュー。最近はなんとなく毎日書いてますが無駄話多し。

本「九マイルは遠すぎる」

「九マイルは遠すぎる」ハリイ・ケメルマン著



本との出会いも色々で、この間の「赤い右手」のように、連想に連想を重ねてたどり着く本もあり、作者をたどって読むキングの本もあり、色々ですが、この本は店頭でピンときて(本当の意味でアンテナが立った、という感じ)手に取って、これは面白いに違いない! とレジに持っていったものです。

題がすべてを決めてくれる時って、あります。
秀逸な題はなによりのポップです。
「月は無慈悲な夜の女王」とか、
「死ぬときはひとりぼっち」とか、
「終わりなき夜に生まれつく」とか……
内容に関係ないだろ、という題に騙されたこともありますが、たいていは当たりでした。
この作者も、この題から……というより、

九マイルもの道を歩くのは容易じゃない。ましてや雨の中となるとなおさらだ。



という一文から連想を重ねて短編を一つ書いたと序文にあります。
たった一行の、十語から二十語で構成される文章だけで、一体どんなことがわかるのか?
語り手の「わたし」の頭の中にふと「思い浮かんだ」と見えたその一文が、重要な事件の手がかりになる……ワクワクしますねえ。

でも、探偵のニコラス(ニッキィ)・ウェルト教授はそんな意味で文章を所望したわけではなく、文章がどんな意味にも取れる多様性を秘めていることを語るために、

推論とは理屈にあっていても真実でないことがある



ということを照明するための言葉遊びとして「わたし」に一文作れと言ったのに、結果は……という面白さ。



写真にあげたのはiMapのスクショでこの作品の舞台フェアフィールド近辺(サンフランシスコの東、豊かな土地のようで、街が連なっている都会)です。作品当時から都会だったと推測できます。この街の周囲9マイルで推察される仮定の数々、必見です。
作者がアイデアを思いついて、しかし何度やっても形にならず放っておいて、十四年後のあるときふと考え直してみると一日で出来たといいます。

作家はしばしば、一編の物語を書きあげるのに、どのくらいかかるかと問われることがあるものである。ここにそのひとつの答えがある。それは一日で済むかもしれないし、十四年かかるかもしれない、どちらと見るかはひとそれぞれの見かたによる。



もうこの序文だけでうっとりしてしまいました。
作品に対する真摯な気持ちが伝わってきて、作者のファンになってしまいました。

そんなわけで、一作目の「九マイルは遠すぎる」は素晴らしかった!
あとの作品は……わたしでもトリックは見破りやすかったですけどねえ。最初のインパクトには及ばず……でもキャラクター・ドラマとしては楽しめました。

「わたし」とニッキィ・ウェルト教授の関係もワトソンとホームズのようであって、「わたし」は郡検事で地位があり、でもウェルト教授はまったく意にかいさず彼を出来の悪い生徒扱いするし、人当たりもなかなか如才がなくて好奇心旺盛で魅力的です。

……ってか、これって古典?
みんな知ってるの、この人?
わたしはハリイ・ケメルマンなんて人、初めて聞きましたけども?
久々に秀作を掘り出した! と思ってたら、実は既に名作だったという、かなり間抜けな状態です。
作者は1908年生まれで、1996年にすでに亡くなっています。
寡作なのと、ちょうどハードボイルドが流行り始めたころに本格推理でデビューだったので、日本ではあまり知られていないようですが、ウェルト教授は安楽椅子探偵の定番のらしく……この本も十三刷になってます。

う〜〜む、知らぬはわたしだけだったか。
この本も本屋にずっと前からならんでいたけど、わたしが見逃していただけなのかもしれません。
でも、わたしにとってはファースト・インプレッションで見つけた作品です。


名作はつねに本屋にあるが、半世紀たって見いだされることもある。


ってことで。







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Category : book
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