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oniondiary | 日記。時々映画やドラマや小説のレビュー。最近はなんとなく毎日書いてますが無駄話多し。

雑誌の中の小説「ガラスの街」





正直、多分理解できていません。
なんだかよくわからない話です。
大体、「文学」自体わからないし。

基本、「ジャンル小説」しか読まない人間です。
ミステリーとかホラーとかファンタジーとか。
だから文学……日本ではいわゆる「純文学」というジャンルーーこれもジャンル?ーーには手を出さないほうで、芥川賞作品などは避けて通ることにしていたりします。
ところが、この人の本だけは読みます。

文章が好きだから。

ただこれも翻訳した文章なので、本当にオースター自体の文章が好きなのかどうか、微妙なところです。翻訳した柴田元幸氏の文章が好きなのかもしれません。

まー、曖昧なことこの上なし。

だから、他の人に強くおすすめなどは出来ないわけですが、本当に一文一文が好きでたまらないのは、この人の文章だけです。
普通文章というのは、お話を進めるための媒体のようなものだと思っていたのですが、お話より文章を読むためだけにページをめくってしまうなんて、わたしの中ではありえない話で。

別に凝った文章ではありません。
淡々とした、ぶっきらぼうと言えるほど事実を放り出した著述に、なぜか心を打たれている……わたしの少ない読書量からですが、こんな作家は唯一無二なので、本屋で見つけたら買うことにしています。
今回、初めて能動的に動いてAmazonで買ったのは、この作品が「雑誌掲載」だったから。
単独の本では、



「シティ・オブ・グラス」の題で文庫で出ていますが、他の「ニューヨーク三部作」の訳者の柴田氏じゃない訳者だなあと思っていたら、どこかで、柴田氏の訳が雑誌に載っていると目にしました。
せっかくなら同じ人の訳でシリーズを読みたいと、雑誌のバックナンバーをAmazonで購入したわけです。
(ちなみに、2007年の雑誌がいまだに売っているってのも……)
ところが、今回また検索してみると、



もう、単行本化されてたりして。
2009年に!
さらに……



う〜〜ん、今年の8月に、文庫化もされてたりして。
雑誌の読みにくい三段ページを読んだわたしへのあてつけかっ。
そりゃあさ、雑誌を買ったのはもう一年も前だけどさ……なんか悲しいものが。
ま、いいか……オースター氏と柴田氏の対談も読めたし、とりあえず美しい雑誌だし。


……あ、内容を書いてないw

だからね、とっかかりがミステリーっぽくても、絶対ミステリーではないわけですよ。
ホラ、ミステリーでいうところの「信頼できない語り手」だし。
主人公のクインは、のっけから嘘をついて生きています。
ペンネームという嘘で、それまで自分が自分として書いていた詩や評論とは全く違ったジャンルのミステリー作家として。
最初から、逃げているのです。
一人の地続きの人格としての自分から逃げて、「ミステリー作家」としてだけ生きています。
だから、間違い電話でオースターという名前の「探偵」といわれると、あっさり自分を探偵化してしまいます。
まるでペンネームを変えるように、自分をオースターにしてしまいます。

対比するように出てくる依頼主が、ピーター・スティルマンで、彼はジュニア、そして尾行することになるターゲットもピーター・スティルマンで、父親のシニアだったりします。
そりゃ、ミステリーを買おうとしている出版社に軒並み断られたのも納得の、何とも言えない偶然の積み重ねです。

偶然がオースター文学の代名詞で自らもそれについての本を書いてしまうほどなので、偶然が積み重なる展開にファンには納得なんですが、ジャンル小説、特にミステリーで偶然は、悪です。
謎が謎のままなのは、更に悪徳です。
ミステリーとして読んだら、最悪だったでしょう。

でも、冒頭近くの一文、メジャー野球のメッツのファン同士である見知らぬカウンター係との何気ない会話(昨日の試合はどうだった? ダメだね)のあと、

二人ともメッツのファンで、熱いメッツファンであることの望みなさが彼らの絆を作っていた。



……わかる。わかるよ。あの赤いチームを語るファン同士なら感じる絆だ……。
一つも特別な言葉を使わず、それでも泣けるほど伝わる文章です。
伝わるということが文章の命題であることに気づかされるなんてね。
当然のことなのに、伝わらない文章を書きなぐってしまう自分を顧みるに、恥ずかしいことで。

文章に釣られて読み進めると、やっと終盤で本質がみえてきます。
最後はあいまい、でも納得でした。
これが処女作とか……オースターは最初からオースターでした。

この下はネタバレがちょっと入ります。










終盤で本物のオースター自身が出てきて、今やっている仕事は「ドン・キホーテ」に関する評論だと言います。
「ドン・キホーテ」……当然ながら読んだこともなく、「ラ・マンチャの男」なども見たことがないので知らなかったのですが、スペイン人の男の冒険潭をアラビア語で書いた作品を作者は訳した、という形式をとった、でもセルバンテス自身が書いた小説なんだそうです。
まるで昔話のように、伝え聞きを文書化したかのような物語……それがそのまま、この小説そのものなんですね。

赤いノートに記されたこの話、一人の人間の彷徨であって、それでも最後に残した「著作物」であるということ。
色んな名前を演じつつ彷徨い全部を失くし、最後に「書くこと」が残ったということに希望を感じます。

最後の部屋……まるで「2001年宇宙の旅」でボウマンがたどり着いた白い部屋のようでした。
段々短くなる明かりの中で書き続けた男はどこへ行ったのでしょう。
中途半端が美しいと感じるエンディングなんてね。

やっぱりオースターが大好きです。


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Category : book
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